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高松高等裁判所 昭和59年(う)134号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人東俊一作成名義の控訴趣意書(但し、第二、二の過失犯の処罰についての主張部分を除く)及び同補充書に記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官松田達生作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  処罰法令が不明確であるとの主張について

所論は、宅地建物取引業法(以下「宅建業法」あるいは「法」という。但し、罰則は昭和五五年法律第五六号による改正前のものである)四九条は、宅地建物取引業者に業務に関する帳簿を備えつけ、かつ取引のあつたつど、その年月日、その取引に係る宅地等の所在及び面積その他建設省令で定める事項を右帳簿に記載することを要求し、これに違反した者については、法八三条一項四号により、二万円以下の罰金に処する旨を定めているけれども、そもそもかかる帳簿の備えつけ及び記載義務がいかなる立法趣旨によるものか明らかでなく、また右の建設省令にあたる宅地建物取引業法施行規則(以下「規則」という)一八条一項四号の「現況地目、位置、形状その他当該宅地の概況」及び八号の「取引に関する特約その他参考となる事項」という規定も、「その他当該宅地の概況」及び「その他参考となる事項」といつた立言が、一体どのような範囲内容のものを指すのか甚だ不明確であつて、憲法三一条に違反するというのである。

しかしながら、宅建業法四九条は、宅地建物取引業者にその業務に関する帳簿を備えつけ、これに所定の事項の記載を義務づけることによつて、同法一条の立法目的に定める業務の適正な運営を図り、これを通じて取引に関する事故の発生を防止し、ひいては右法条にいう購入者等の利益の保護をも図つた規定であることが明らかであるから、その立法趣旨が不明確であるとの所論は当をえないし、また規則一八条一項四号の「その他当該宅地の概況」及び八号の「その他参考となる事項」という規定の仕方も、その各上段の例示に照らし、その範囲内容は取引社会の通念上おのずから明らかであつて、別段多義的な解釈を許す余地のあるあいまいなものであるとは認められないから、それらが不明確であるとする所論にも賛同できない。従つて、論旨は理由がない。

二  事実の誤認及び法令適用の誤りの主張について

所論は、法四九条にいう業務に関する帳簿については、その様式に法令の定めがあるわけのものでもなく、また別に複数のものであつても差支えないから、被告人はその所持する手帳(原審昭和五六年押第四号の2、当審昭和五八年押第五〇号の2)を右の帳簿として、これに取引に関する諸事項を記載し、別途保存にかかる物件説明書の綴(各同押号の3)ともあいまつて、法定の記載義務を履行してきたものであるのに、原判決が被告人がたまたま所持していた取引台帳(各同押号の1)なる文書をもつて、それが唯一の法定の業務に関する帳簿にあたるとしたうえ、これに所定事項を記載しなかつた被告人の所為が法四九条違反になると認定したのは、事実を誤認し、また右の帳簿に関する法令の解釈を誤つた違法があるというのである。

よつて検討するのに、たしかに法四九条所定の帳簿については、その様式等に関する法令の定めもないので、いかなるものが右帳簿にあたるかは、当該業者の意思や、その形式、記載内容、所持保管の形態といつた諸事情のほか、前述した立法の趣旨等も参酌して決するほかないが、原判決の挙示する各証拠によれば、所論の取引台帳は被告人方の事務所から押収されたもので、平素からその事務所内で保管されていたものであり、またその記載項目は法四九条及びこれを受けた規則一八条一項各号所定の事項を全部網羅しているのみならず、その記載ずみの内容も一目瞭然で、被告人の説明をまたなくても、第三者にも容易に理解可能なものであること、これに対し所論の手帳は、被告人の鞄の中から押収されたもので、その事務所に常時保管されていたものではなく、被告人が平素取引の際などに持ち歩いていたものであり、またその表題に「税務対策帳」と記載されていることからも明らかなように、被告人が税金申告の便宜等のためにも使用していたものであるうえ、その記載の順序、内容等も整然としておらず、被告人の説明をまたなくては、第三者が一見して容易に理解できるようなものではないこと、そして被告人も現に昭和五三年三月ころまでの取引に関しては、その全部ではないとしても、これを右取引台帳に記帳していたものであり、所論が法定の帳簿と主張する右手帳自体にも「取引台帳への記載を忘れない様」との記載が散見されることや、被告人の捜査官に対する供述中にも「この手帳をみれば台帳を作れることになつている」旨の供述があることも総合すると、ほかならぬ被告人自身も、右の手帳は単なる取引の手控え的なものにすぎず、その取引台帳をもつて法定の業務に関する帳簿と考えていたとみられること、なお所論の物件説明書の綴は、法三五条に基づき、被告人がその関与した取引に関する重要事項を買主に説明交付した書面の写しを綴りあわせたものにすぎず、所論のような補助的な帳簿とは認められないこと等の事実が明らかである。

以上の事実によれば、右の取引台帳こそが法四九条所定の業務に関する帳簿であると認定するのが相当であるから、これに所定の事項を記載しなかつた被告人の所為が右法条の記載義務に違反することは明らかであつて、所論にかんがみ当審における事実取調べの結果を加え更に検討してみても、原判決に所論のような違法があるものとは認められない。

更に所論は、被告人の本件所為にはいわゆる可罰的違法性がないとも主張するが、前述した法四九条の立法趣旨に照らし、また本件が一一回もの多数回にわたる違反であること等によつても、所論は採用のかぎりではない。従つて、本論旨も理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により、主文のとおり判決する。

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